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移転先急募! 常連で賑わい、一見客も楽しめる「メニューのない」居酒屋


東京都世田谷区駒沢で27年、地元民に愛され続けてきた。建物の老朽化により移転が決まっているが、まだ新天地は決まっていない。閉店の危機に瀕する、小さな居酒屋ののれんをくぐった。

🔳厳しい修行をへて28歳で開店


 いらっしゃい!

 東急田園都市線で渋谷から10分ほどの駒沢大学駅西口を出た交差点「駒沢大学駅前」から、北へ向かって徒歩6分。信号を2つ越えた右側に、『京鴨』はある。小さな居酒屋だが、はっきり言って「入りにくい」。でも、勇気を出して、年季の入った木の扉を開け、藍色ののれんのくぐると、カウンターの向こうから、店主の賢三が、「いらっしゃい」と出迎えてくれる。楽しい時間の始まりだ。

 千葉・鴨川で生まれ育った賢三が、この店を開いたのは、27年前。以来、地元の人たちに愛されながら、営業を続けてきた。ところが今、店は存続の危機に立たされている――。

▲注文を受けてから串に刺して焼く定番の焼き鳥


 賢三は根っからの料理人だ。鴨川にある、うなぎが美味しいことで有名な割烹料理店『川京』のせがれとして育った。プラモデルやラジコンを作り、木を切ったり、削ったり。工作好きな少年は、両親を手伝ううちに、自然に料理も覚えた。高校を卒業すると、八王子の料亭へ修行に出た。すぐに、プロの料理人の道は、とてつもなく厳しいことを知った。毎日16~18時間、立ちっぱなしの仕事。訳分からず怒られ、包丁の裏で叩かれた。逃げ出したこともあった。母親に電話して、泣き言を言った夜もあったという。

 親方の助言で、赤坂の寿司屋でさらに3年、腕を磨いた。次に東中野の居酒屋で雇われ店主をやって3年ほどたった頃。「毎日、決まったメニューを作るだけではつまらないな」と感じた。ある程度、腕に自信を覚え、独立することを考え始めた28歳の時、駒沢の住宅街に手頃な居酒屋の居抜き物件が出た。カウンター6席と4人掛けのテーブルひとつのこぢんまりしたお店。故郷の文字をとって、『京鴨』と名づけた。

▲人気がある千葉産の焼きはまぐり。賢三流でおつゆをこぼさず焼く

🔳「安く飲めるいい店」の評判が

 開店して最初の3年は、苦労の連続。朝8時から仕込みを始め、夕方5時に開店して、夜中の1時まで、年中無休で営業した。「必死でした。若かったからできた」。近所に住む40歳代から50歳代の職人さんたちが、仕事帰りによく寄ってくれたという。

 連日賑わったが、収支はトントン。時代はバブル景気がはじけたあと。お通しとチューハイ一杯で、何時間もいる人もいて、売り上げが伸びない。駒沢界隈で「安く飲めるいい店」として、知られるようになったことが、かえって災いした。

 時には賑やか過ぎて、お客さん同士で喧嘩になることもあった。昭和を引きずっていた時代。血気盛んで、元気な人も多く、住宅街に怒声が響きわたり、パトカーが来たこともあった。店名が、勘違いを生んだこともあった。「京料理っぽくないなぁ」。何人かいた京都出身の常連さんに聞いてみると、最初は「京料理」の居酒屋だと思って来店したが、ちょっと違うと……。「京料理もマスターしよう」。料理人としての探求心に火がついた。

▲ボトルキープの一番人気は芋焼酎『薩摩黒七夕』

 
 こうして毎日、お客さんとカウンター越しに話せたことが、肥やしになったと賢三は振り返る。「ほとんどが年上のお客さん。味が濃いとか、薄いとか。毎日、怒られました(笑)。でもそんな会話から、お客さんは何を食べたいのか。勉強になりました」。なかには、本格的なイタリアンやフレンチのレストランに連れて行ってくれて、「今度、これを店で作ってみたら?」とアドバイスしてくれる常連さんも。日本料理一筋だったが、他国の料理も、舌で覚え、目に焼きつけた。

🔳メニューにない変わった料理提供

 京鴨に「メニュー」は、一応ある。だが慣れたお客さんは、「賢ちゃん、何かない?」とオーダーする。初めてのお客さんも常連の様子を見て注文をまねる。待ってましたとばかり、「愛媛の真鯛が入っているけど、刺身にする?」、「三浦の菊芋があるよ。食べたことある?」、「さっき千葉からはまぐりが届いた。網焼きにしようか?」と美味しそうな食材と料理が並ぶ。

▲ぶり、まぐろ、サーモンのおつまみ刺身。味は高級寿司屋並み(左写真)。賢三の得意料理のひとつが日替わりの「和え物」。これは蟹と胡瓜とかつお節の和え物(右写真)


 幼い頃から好きだった「ものづくり」は今、料理に置き換わっている。決まった料理をレシピ通りに作るのではなく、食材によってアイディアを巡らせ、工夫を凝らして作る。この道30年。賢三には、ありとあらゆる引き出しがある。だから、そのあたりの居酒屋では食べられないような、変わった、珍しい一流の料理が次々と出てくる。「真鱈の白子ムニエルポン酢」、「アワビのしゃぶしゃぶ肝醤油和え」など……。「美味しい」とお客さんがこぼす笑顔をカウンター越しに見るのが、「一番の幸せです」という。

🔳新店舗は今までにないコンセプトの店に

 コロナ禍が明け、常連さんたちが少しずつ戻って来た。「ずっと気になっていました。今日は電気がついていたから、勇気を出して来てみました」と、初めて来店する、近所のお客さんも増えた。ゴルフ好きなお客さんたちが集うお店主催のゴルフコンペ「京鴨杯」も復活。今年3月に開催する第15回大会は、30人弱のメンバーが集う見込みだ。

▲こぢんまりとした店内だから会話が弾む。だがこれも3月末でおしまい

 コロナ前の勢いを取り戻し、これから、という時だった。老朽化のため、建物全体を取り壊すことが決まった。昭和の香りが随所に漂う、思い出が詰まった店舗だったが、退去せざるを得なくなった。駒沢周辺で、移転先を探しているが、見つかっていない。駒沢大学駅前は再開発が進み、駅ビルも建設中。町全体が生まれ変わろうとしているせいか、望むような物件とは、まだ出会っていない。

 今と同じようにカウンターがあり、少し広いキッチンがある店にしたいと思っている。そこで料理を教えたり、料理を通じたイベントやパーティーを開いたり。「これまでの居酒屋という枠を超えた、食を通じて人が集い、新たなコミュニティが生まれるような空間にしたい」。賢三は、今までにないコンセプトの店という、新たな「ものづくり」に取り組もうとしている。

 ありがとうございました!

▲ふわふわのウナギのかば焼き。抜群に美味しいが「オヤジには、まだかなわない」と賢三


◎店舗情報
店舗名:京鴨
住所:東京都世田谷区上馬4-17-11
電話:03-3487-6316
アクセス:駒沢大学駅から徒歩6分
営業時間:月~日/1800~2400
定休日:不定休
席数:10席(カウンター6席、テーブル4席)
喫煙可
HP:なし

※「京成高砂駅の居酒屋」の記事は以下より

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