店舗訪問

【店舗訪問 『小料理まゆきち』(東京都・新宿区)】現代の奇跡・昭和の名残、新宿西口思い出横町で約20年。常連の心をつかみ続ける家庭料理の店


女将のワンオペカウンター店で常連をつかみ、コロナ明けからはインバウンドにも対応。時代の変化に合わせながらも古き良き時代を残す女将の思いに迫る。

■独身男性を狙った家庭料理

 1日の乗降客世界一を誇る新宿駅周辺の歓楽街は、コロナ禍が明けてからインバウンド客が急増し、異次元の賑わいをみせている。終戦直後の「闇市」の雰囲気がそのまま残り、昭和感たっぷりの「思い出横丁」も例外ではない。約80の大小からなる居酒屋が軒を並べる横丁には夕方からは外国人客があふれ、どの店舗も英語を話せるスタッフや英語のメニューで対応している。
『小料理まゆきち』もその1軒。約20年前のオープン時の佇まいはそのままで、午後4時の開店から日本人常連客でほぼ満席となる。オープン当時は20代後半だった女将のまゆちゃんが、一人で切り盛りするカウンター小料理屋だ。
小柄で愛くるしい笑顔の持ち主だが、客に負けずに飲んべえ。年に数回開く店のイベントでは客を酔い潰す。気っ風のいいまゆちゃんが振り返る。
「オープン時、『しょんべん横町』という名前でした。私はお客として来ていたんですが、この店が居抜きで出て『自分で店をやりたい!!』と思ってすぐに申し込みました」
 和食やイタリアンの料理人だったまゆちゃんは独立志向が強かった。若い女将にひかれてやって来る独身男性客の心をつかみ、常連になってもらう「家庭料理屋」を目指した。
周囲の他店と差別化するために串焼きを扱わず、母親や祖母に習った家庭料理をふるまった。女将のワンオペ店舗が少ない中、常連になってくれた客に助けられた。
 メニューには、オープン時からあるトマトソースのチーズ添えオーブン焼き、そして日替わりで盛りつけがかわる三種盛り合わせ等々が並ぶ。価格は700円から800円ほど。お酒は焼酎、日本酒、ウイスキーなどを揃える。客単価は3000円から4000円といったところで、カウンターは3回転ほどする。

■18年間ほぼ毎日通い続ける常連客

 常連に聞いた話がある。
 ある客がカウンターでまゆちゃんと話して、新しく買ったカヌーに乗ろうと誘い出しに成功した。喜んで当日、荒川の堤に行ってみると、まゆちゃんの後ろにはカウンターで聞き耳を立てていた常連客が全員揃っていた。「お前だけに抜け駆けはさせない」。全員鬼気迫る表情だったという。時は流れども、カウンターを埋める常連客はほぼ全員まゆちゃんのファンなのだ。
 18年間ほぼ毎日、夕方5時にスーツ姿でやって来る常連客がいる。歌舞伎町に勤める「夜の蝶」向けドレス屋のご主人だ。カウンターの端に座ると決まって1時間、酒とつまみ、そして常連客やまゆちゃんとのお喋りでストレスを発散し、夜の店に帰って行く。
まゆちゃんが言う。
「あの方はシチューと卵料理が大好き。寒くなったらおでん。毎日来る常連さんがいるからつきだしもメニューも毎日変えますし、張り合いにもなっています」
 常連客の中にはねばねばがダメ、野菜がダメ、ネギが嫌いといろいろな嗜好の持ち主がいる。好みを覚え、客に合わせてメニューを変えることもある。最近は、「明日行くよ」「今週は〇曜日に行くからお願い」と常連からLINEが届くため、好みに合わせた料理を用意して迎える。
 常連客にはプロ野球のヤクルト・ファンも多い。
「2年ほど前から毎週末に足を運んでくれていた女性の常連さんもヤクルト・ファン。一緒に神宮で応援したりしましたが、癌になってしまって今は療養中です」
 常連客が多いだけにいろいろな人生に触れることになる。20年の間には、離れていった人も少なくない。
「コロナ明けは年金暮らしの方たちが減ったかもしれません。やはり、どなたも年齢とともにお酒の量も減っていきますね」

■インバウンドにも対応

『まゆきち』は常連客の居場所であり続けながらも、コロナ明け以降はインバウンド客を迎え入れる工夫もこらす。iPhoneの翻訳機能を活用するものその一つ。ただし、「『つきだし』という習慣はなかなか理解してもらえません」。
今年から英語のメニューも用意し、からあげや照り焼きチキンといった肉メニューを多くした。ごはんと味噌汁のセットも650円で提供。そして、理解してもらいにくいつきだしをやめ、日本人向けよりも50円から100円高い価格設定にした。日本人客があまり利用しない2階席には土曜だけだが、英語の話せるスタッフを配置した。
 現在、来店客の割合は日本人7割、外国人3割くらい。時代の流れに逆らうつもりはないが、外国人客がカウンターを占領することで常連客や日本人客が入りづらくなるのは避けたい。回転数や客単価を上げたいわけでもない。ただ、長く通ってくれる常連さんにとって居心地のいい店でありたい。
「きっとこの場所が私に合っているのでしょうね。常連さんには本当に支えられました。今後もこの空間を大切にしていきたいです」と笑顔で語る。

取材・文/神山典士

▲近年は外国人の姿も多くなっている思い出横丁

◎店舗情報
店名:小料理屋まゆきち
住所:新宿区西新宿1-2-10思い出横町中通り
アクセス:新宿駅西口徒歩5分
営業時間:1600~2300
定休日:日曜日、祭日
席数:1階8人、2階10人

※「『チーム千草』のアットホームな空間が醸し出す居心地の良さが繁盛の秘訣」に関する記事は以下より

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