店舗訪問

【店舗訪問 『居酒屋千草』(東京都・新宿区)】『チーム千草』のアットホームな空間が醸し出す「居心地の良さ」が繁盛の秘訣


1936年の創業。新宿駅と新宿三丁目駅の中間あたりに予約必須の「個人店」がある。コロナ禍を乗り越えて人気店となった背景には職人との出会いとスタッフの結束があった。

■アットホームな空気感の店

 新型コロナウイルス収束以降、人気が高まり、新宿三丁目の路地裏にある『居酒屋千草』は予約なしでは入れなくなった。昭和11年(1936年)から続く老舗だが、新規のお客さんが増えている。時折、女将と客の間でこんな会話がかわされる。
「この店は親子でやってるの? 家族経営なの?」
「お客さん、何言ってるんですか(笑)。この店長の娘に見えますか? 違いますよ」
「それにしちゃ仲がいいね。親子かと思ったよ」
「よく言われます。ありがとうございます。」
 笑顔で応対する女将は勤続17年の久美子さん。その隣では、店長(オーナー)の杉本さんが笑う。厨房では、6年目となる板前の篠塚さんと関原さんが腕を振るう。平日は4人体制。定休日なし、26の客席が2回転する店を交代しながら全9人のスタッフで支えている。
 11年前に店の経営を引き継いだ杉本さんは25年来の常連客だった。以前は木造の古い居酒屋。2階の大広間が文学座や青年座といった劇団の関係者によく利用されるなど、店は古き良き時代の「語り場」。しかし、店舗がビルへと生まれ変わる際に存続が危ぶまれることになる。常連客の惜しむ声に応え、高校の教師退職後の杉本さんが経営に乗り出した。けれど飲食業に疎かったために、調理する職人の奔放な働き方のコントロールなどには苦労した。

▲店名を冠した「千草巻き」はぜひ頼みたい逸品の一つ(上段の左写真)


 四苦八苦している中、転機は篠塚さんとの出会いだった。クラシックフレンチ店などで働いていた京丹波出身の調理職人、篠塚さんが振り返る。
「当時はそれまで勤めていた料理人が体調不良で急遽退職して、調理場の職人も日替わり状態。料理の動線は決まっていないし、職人がいない日には店長が調理していた時もありました。経営も不安定だったので、店の立て直しが必要でした」


『千草』のメニューには平均して600円代から800円代の料理が並ぶ。客単価4000円程度の大衆居酒屋は、利幅が薄いために経営が最も難しい業態の一つ。さまざまな意味で経営安定には課題が多かった。
メニューも変えたいと思った篠塚さんだが、店の雰囲気が一気に変わることを避けた。グランドメニューに少しずつ手を入れつつ、「客席の黒板に『本日のこころづくし』として旬のメニューを載せることにしました」。

■スタッフの信頼関係が大切

 店舗改革で重視されたのは信頼関係だった。客に対してだけでなく、従業員に対しても同じ。篠塚さんが言う。
「この6年間、9人のスタッフは1人も変わっていません。仕事ぶりよりも人柄で選んできた結果です。オーナーの杉本さんもスタッフとして店に入りますが、店内では全員平等。意見を言い合えるようにしました」
いつからか、スタッフは自分たちを『チーム千草』と呼ぶようになり、抜群のチームワークを発揮するようになった。スタッフに対して杉本さんは、一日の売り上げが20万円を超えたら全員に大入袋を配っている。
「客単価が4000円程度ですから、しっかり2回転して約20万円。それでも月に10日から15日前後は大入袋が出るようになりました。目標はやり甲斐につながります」(杉本さん)


 BGMや照明だけでなく、居心地良く過ごせるように細心の注意を払う。禁煙のポスターでも禁煙マークを大きくしすぎないように配慮し、トイレの張り紙には『汚したら勃たなくなる呪い』というアートポスターを使って笑いを誘う。エリアに珍しい個人店という立地も武器にした。オーダーの際のほど良い会話を潤滑油とし、カウンター越しのコミュニケーションも欠かさない。

■増えた「お一人様」の女性客

 毎月の売上はコロナ前よりも20から30%も増えた。目に見えて変わったのは客の年齢層が若くなったことと女性客が増えたこと。日によっては店内の8割が女性客という時もある。カウンターでは女性の「お一人様」も珍しくない。杉本さんが言う。
「アイドルグループの子が1人で来て『日本酒が好きなの』と飲んだりしています。昔を知る常連からしたら、驚きですね」
 久美子さんも言う。
「ここ数年料理が本当に美味しくなりました。スタッフも自信を持って料理を提供できます。女性層にも好評です」
SNSやネットメディアの活用に注力してはいないが、女性や若者たちが料理や店内の雰囲気を積極的に発信してくれるのが集客につながっている。時には海外からやって来た客が片言の日本語で看板メニューの『千草巻き』をオーダーすることもある。


「問題は……」
 杉本さんが声を潜めて言う。
「お客さまをお断りする時にどれだけ丁寧にできるかです。毎日定員の2倍程度のお客さまをお断りしていますし、フラリと来て入れなくなった常連さんも面白いはずがありません」
予約客の滞在時間を普通より長い2時間半に設定しているのは考えた末の折衷案。贅沢な悩みだが、予約客も常連客も大切にしたい。ぎりぎりで切実な対応が今日も続いている。

取材・文/神山典士

◎店舗情報
店名:居酒屋千草
住所:東京都新宿区新宿3-34-3
営業時間:1700~2300
電話番号:03-5357-7822
定休日:なし(臨時休業あり)
アクセス:JR新宿駅南口、メトロ丸の内線新宿三丁目駅より徒歩約3分、 席数:26

※「サムギョプサルが1680(東京・新大久保)」に関する記事は以下より

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