50軒を超えるもんじゃ店に静かに反抗するようにその店はある。月島に来てまで、「すっぽん?」「ガパオ?」――そんな、はてなマークにも動じないこだわり店主が打って出る次なる策は、あの国民食だ。
■屋号を継ぎ、四文字の店名に変更
タイ料理を食べ歩く通の間では、五つ星の専門店を凌駕すると知られた存在だ。人気アイドルグループをプロデュースするあのY.Aさんが仕事仲間と店を借り切って、アラカルトでほぼすべてのメニューを注文したという逸話もある。「休む間も与えてもらえない試練でした」とうれしい悲鳴を上げた主は、オーナーの保坂賢治さん(49)。貸し切りグループにいた人気性格俳優は、すぐにリピートで来店してくれたそうだ。
中央区月島といえば一にも二にも、もんじゃ。東京メトロの出口を上がった道とその路地には50軒あまりのもんじゃ焼き店が軒を連ねる。すっぽん料理とタイ料理という異色の組み合わせが売り物の『月島源平』はその一本隣りの通りにたたずむ。すっぽんを看板にした和食店だった『源平』の屋号を先代の主人から引き継ぎ、ほぼ居抜きで2020年9月にのれんをかけた。
もともと保坂さんは20代で好きになったすっぽん料理を求めて通った『源平』の客の一人。高齢のため東京五輪を一区切りに、と閉店を考えていた主人にすっぽんのさばき方の教えを請うたところ、熱意を買われて声をかけられた。20代から都内のクラブ勤めを続けながら飲食店開業を考えていた保坂さんの頭にはもとからミドルクラスのファミリー層が多い月島が候補地としてあり、銀座にも近いと言われる賃料も抑えられるとあって、渡りに舟だ。「調べてみたら字画がいいので」と、店名に地名をつけて四文字にした。そこで迷いなくすっぽんとともに、売り物にしたのが、国旗を店頭に掲げたタイ料理だ。

■20代の嗜好をそのまま売り物に
意外な組み合わせには理由がある。保坂さんはすっぽんと前後して、職場の先輩に連れられていった銀座の老舗店で味わって以降、食べ歩きを続けてきたタイ料理通。40代に入ると夜勤のシフトの前に、汐留のタイ料理店に修行に入り、バンコクの一流ホテルのシェフだった料理長から基礎を学んだ。「タイ料理の神髄は野菜の鮮度とココナツミルクやハーブなどの原料の仕入れが一番」というのが一番の学び。修行中に、材料やスパイスを仕入れるコネクションができたのも強みになった。もちろん秘伝の技術も習得した。他店とは一味違うとタイ料理通をうならせるガパオライスには、企業秘密という隠し味が。「え、そんなものを使ってるの? と驚かれると思います」と保坂さんは笑う。開業はコロナ禍に重なったが、給付金を受けながら料理学校に通って腕をみがいた。さらに緊急事態宣言下では持ち帰り用の弁当販売で実地トレーニングを積んで一昨年の本格オープンを迎えた。できたての定番料理が味わえる名物の土鍋カオマンガイ(予約注文2,800円、当日3,500円)の鶏肉は四国の四万十地方の良質のものを使うなど、素材へのこだわりも半端ではない。
看板料理のすっぽんも同じだ。1年を通して温暖な気候の中で、魚肉や果実などの飼料で育てられた稀少な「沖縄パインすっぽん」を都内で初めて使用。臭みがなく肉質も柔らかいので、コース料理で刺身、煮込み、生き血、鍋、雑炊と多彩なメニューを味わえる。刺身は普通のわさび醤油の他に、タイ料理に欠かせないナンプラーを使った特製タレでも楽しめるのがこの店ならではだ。和食とすっぽん鍋のコースなら4,500円(税別)、一匹を堪能できるコースは21,000円。


▲ガパオライス(上写真)にオリジナルの土鍋カオマンガイ(下写真)。定番のメニューも「どこか違う」と高評価
■分母を増やそうと、麺類を加えて
すっぽんとタイ料理の売上比率はほぼイーブンというが、利益率は前者が上回る。作り置きができないタイ料理に対して、予約中心のすっぽん料理は事前に仕込みができるからだ。休業日の月曜日も半日は仕込みに費やし、メニューの研究に頭を巡らせる。「落ち着いて仕事ができるので、これがリフレッシュ」と笑うが、アウトドア系の趣味にあてる時間がないほど日々の仕事に追われているのも事実。接客面で貢献してくれる祥子(さちこ)夫人のサポートも欠かせない。「好奇心が強くて、一度はまると手が抜けなくて」というのが保坂さんの自己分析だ。
そんな多忙な日々の中、顧客のリピート率を増やすため、この夏前からイチオシのメニューとして麺類を売り出した。コンサルのアドバイスもあり、主にランチタイムの主力として定着させたいと頭をひねって考案したのは『特製鶏白湯ラーメン』と『濃厚グリーンカレーつけ麺』の2種類。ともにミニジャスミンライスと、前者にはすっぽん料理への入口として煮こごりが、後者にはデザートのマンゴープリンがつく。ライスをガパオやカオマンガイに代えられるオプションもあるセットは1600円だが、ボリュームとお得感は十分。客にとっての選択肢の分母を増やしたいという思惑と同時に、「家賃が高い月島には、ラーメン専門店がほとんどない」というマーケティング的な視点からの勝負でもある。
すっぽん、タイ料理ときて、次なる勝負手はラーメン。しかもスープやチャーシューへのこだわりがまた、半端ではない。「元気なうちは進化を続けます」と保坂さん。インバウンド客もそぞろ歩くもんじゃ天国での異色店の挑戦はまだまだ続く。


◎店舗情報
店舗名:月島源平
住所:東京都中央区月島3-11-11
電話:03-3531-8842
アクセス:地下鉄月島駅から3分
営業時間:月~土=11時半~13時半(ラストオーダー)、18時~22時(ラストオーダー)日祝=18時~22時
定休日:月曜
席数14
HP:https://www.tsukishimagenpei.com
※「日本人による日本人向けのタイ料理」に関する記事は以下より
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