店舗訪問

【店舗訪問『BAR新井建具店』(東京・月島)】「普遍の和」をまとうバーのコンセプトにのぞく確かな戦略 


東京の下町にある小さな島・月島の路地に佇む建具店の名がついたバーのカウンターに、日本ならではの二十四時節を表現したカクテルが並ぶ。ユニークに思える世界観の奥には、飄々としたオーナーが洋酒会社の勤務経験で育んだ計算があった。

■建具店ではなし、建具店でもあり

 店の成り立ちと店名の由来を解説したメニューを昨年、新調した。「建具店を改装したんですよね?」と頻繁に尋ねられるからだ。質問は半分正解で、店にあしらわれた古い建具はオーナーの新井健太さん(44)の祖父母が浅草で開いた建具店のもの。同じ店名の建具店が叔父の代になってまだ営業中だ。というわけで、こちらの正式名称の前には『BAR』の3文字がつく。
 2019年12月にオープンして5年半になる。新井さんは大学卒業後に北海道の有名ホテルに就職した後、都内やロンドンのホテルで働き、28歳でサントリーに入社した。配属されたのが、バーテンダーやシェフなど現場経験のある人材が集まり、商品開発やメーカー主導による開業を指揮する専門部署。大手メーカーの立場からのコンサル業務に失敗は許されない。綿密な事業計画を立て、立ち上がりでつまずけば、自ら店舗に立ってサポートした。外食業界を俯瞰しつつ、飲食事業の基礎をみっちりと学んだ。
 個人店のメニュー開発など実地で役立つノウハウが身につく日々で、自然と独立開業の意欲が高まった。30代半ばには独立後の構想を企画書に仕立て、さまざまな人に意見を求めた。2年の準備期間を経て開業に踏み切ったのは、入社8年目だ。「店舗に立った経験だけでなく、多くの飲食業の方々と触れ合ったことが財産。手持ちの武器が増えて戦い方に幅ができた気がします」

▲四季をさらに6分割した繊細な季節感がカクテルにこもる

■客に伝わる店のマインドを大事に

 サントリーでの知見から選んだのは、酒に特化したバースタイルだ。バーテンダーの手腕が商品の質に直結するだけにやりがいがある。多くの店の盛衰を目にして、成功する店はさまざまだが、失敗する店には共通点があることに気づいていた。「自分でやる場合には、こういうことはしないようにしよう」と決めたことはいくつかある。その一つが、かけるべき資金をけちらないこと。安く仕上げて短期で回収しようという店の多くが3年持たずに頓挫する例は数えきれない。特にバーは長い時間をかけて店と客が育っていく業態だけに、商品のクオリティー同様に、店の内外装と客層による環境作りが物を言う。
 ビジネスモデルは大事だが、その根っこにあるマインドの部分で、店の覚悟は客に伝わるというのが、独立前の最大の学び。それだけに開業にはそれなりの資金をかけた。「あまり人には勧められないビジネスモデル」というゆえんだ。
 当初から浮かんでいたのは、和の環境で和のカクテルをというコンセプトだった。めざすのは、大正時代の建具を使用した環境の中で、四季をさらに24の節気に分ける日本人の繊細な季節感を表現する場。もともと「洋」の世界のバーに「和」のテイストを入れる店は少なくない。対して「和」の世界観の中に「洋」を入れる店はあまりなく、差別化が図れる見込みがあった。高速合理化の時代に人びとがそれぞれに背負う荷物をいったん下してクールダウンできる場を、というのが企画書に記した店の姿だ。

▲大正の香りたっぷりの店内。新井建具店で実際に使用した道具などが壁に飾られている

■内装には山岡荘八宅の建具も

 物件探しは、店の由来のある浅草近辺でスタート。東京オリンピック前の地価高騰で実らず、徐々にエリアを広げる中で、コロナ明けのバブル前の月島が候補にあがった。隠れ家的な雰囲気が出せる路地沿いという条件に合い、ワンオペで店を回す上での坪数もぴったりの民家。選手村も近く、オリンピックにともなうインバウンド需要も見込める。古い長屋の一角に檜のカウンターを通してリノベをした。近隣のマンションに住む30代、40代の単身者中心の「新住民」が、自分たちが知らない地域の過去にタイムスリップする感覚を味わえるしかけだ。開店直後に新型コロナウイルスの蔓延で窮地に見舞われたが、5年で立てた資金回収計画を7年に延長。自ら立てたコンセプトに従って、焦らずに軌道に乗せた。
 店のロゴを刷ったガラス入りの扉を開けて店に入ると、時間が止まったような感覚になる。カウンターに置かれたメニューには、24の節気に応じたカクテル「二十四節気」(1,600円~)、シグネチャーの「煎茶のジントニック」(1,500円)、「レモンサワー」(1,500円)のほか、季節の素材を使った「新生姜と河内晩柑のクロンダイククーラー」(1,600円)、「新茶と胡瓜のスプリッツァー」(1,600円)など、「和」のテイストを織り込んだオリジナルのカクテルが周期的に並ぶ。歴史作家・山岡荘八の自宅にあったという建具が飾られた店内には大正の香りが漂い、店の奥には作家の応接間のような4人席が隠れている。
 世界観とカクテルの相乗効果で女性比率は3割から4割程度と通常のバーより高め。客単価は3,800円前後で、平均2.2杯。インバウンド対策が課題だが、世界観を大切にするため広告宣伝はせず、インスタも不定休の連絡とカクテルの新メニューの告知が主な利用目的だ。「バーは主客で雰囲気を作っていくもの。興味本位なインフルエンサーなどに来られると、世界観があっという間に崩れてしまう」からだ。ただ集客と宣伝のジレンマは悩ましいところではある。
 その解決策の一つが、2階のスペースを利用した「姉妹店」の計画だ。入口は同じで階段を上れば、そこは禁酒法時代の米国で隠れ家的に開いていた「スピークイージー」。雰囲気は階下より素朴で、来客がその日の気分によって選べるようにする。9席の店で取り逃していた客を引き込む狙いだ。店名は『高木川内』。母方の祖父母が住む佐賀県の地名で、日本の田舎の小屋で隠れてお酒を飲むというイメージからという。日本産のウイスキーやジンを日本の素材でカクテルを売り物に、この秋にもオープンする。
 飄々とした口調で語るコンセプトは奇抜に聞こえるが、「店のめざすイメージをしっかりと決めてコンセプトシートを作る王道のやり方にすぎません」と新井さん。が、こだわりと覚悟は並みではない。それが伝わるからこそ、小さな島にある小さな店にエリア外から足を運ぶ固定客も多いのだろう。
「これ以上のものは作れないというくらいの気持ちで作った店。ここに根を張ってやっていく覚悟でいるので、5年や10年なんて大した時間ではありません」
 店を「普遍の和」の中に置きたいと話す。そのココロは、30年前の日本人が来ても、30年後の日本人が来ても、日本的だと言ってもらえる店。なるほど、ちょっと頑固だが真顔でジョークを言う70代のマスターの姿が、時が止まったカウンターの向こうに浮かぶ気がした。


◎店舗情報
店舗名:BAR新井建具店
住所:東京都中央区月島3-7-5
電話:090-6349-7337
アクセス:地下鉄月島駅から5分
営業時間:月~金=18時~1時、土・祝前日=17時~1時、日・祝=17時~24時
定休日:不定休(インスタで要確認)
席数:9
SNS:https://www.instagram.com/bar_arai_tateguten/

※「和洋半々の売上で勝負する異色店」に関する記事は以下より

コメント

この記事へのトラックバックはありません。

RELATED

PAGE TOP