店舗訪問

【店舗訪問 『ボカン亭』(東京・高円寺)】若者の街の「辺境」に灯る赤提灯  突然のワンオペ乗りこえた女性店主の思い

音楽と古着の街、東京・高円寺のはずれにあるカウンターのみのこじんまりした店は、音楽好き、アイドル好きの夫婦が作り出した空間だ。開店から20年を超えても、店の面影が変わらないのには訳がある。不慮の出来事でワンオペを強いられた女性店主がメニューに込めた思いとは。

■串焼きと海の幸にたどり着いた理由

 高円寺北口から小説のモデルにもなった商店街を抜けて10分弱。いつの時代も若者がそぞろ歩く街のはずれに赤提灯が見えてきた。早稲田通りに面した、いささかそっけない引き戸の奥に店はある。「入りにくいという声もありますが、そこを越えてきた人は住みついてくれますね」と店主の日野康恵さん。アニメから取った店名を持つ『ボカン亭』は5月で21年目に入った。入れ替わりが激しい高円寺の飲食店群にあって、知る人ぞ知る店だ。
 昭和のレコードのジャケットや最新アイドルのフィギュアなどが雑然と並ぶカウンターの向こうから、安くておいしいつまみの数々が出てくる。なめろう、ホタルイカ、ヤリイカといった刺身類に始まり、水タコのバジルソース、フライドポテトパクチーソースなどの創作系、砂肝とハツの唐揚げ、豚バラロールなどの肉料理などバラエティーに富んだメニューが並び、価格は300円台から500円台まで。〆の食事はドライカレーやミーゴレンなど780円。客単価は2000円台が平均で、味を考えれば物価が安い高円寺でも良心的だ。

▲バランスの取れたメニューの中でも一番人気は「なめろう」

■店主急逝からの再スタート

 沖縄料理店で長く働いていた島根県出身の日野泰彦さんが古くからの鮨店の居抜きで2004年に開業。他店にはない白レバーやハツなどの串焼きを売り物にスタートし、故郷からまだ珍しかったヤガラなど日本海の幸を月ぎめで取り寄せて軌道に乗った。夫婦ともにアイドル好きで、Perfumeや、ももいろクローバーZ(ももクロ)が推し。SNS時代前夜に夫婦で出かけるライブの「現場」で会った知り合いから口コミで店の存在が広がり、ももクロの聖地としても知られた。
 店が試練を迎えたのは、コロナ禍真っ只中の2021年3月だ。55歳の泰彦さんが急逝。康恵さんは悄然として、数日間の記憶がない。折しも夫婦で暮らしてきた店近くの住まいが道路拡張で退去を強いられ、新しい家よりも「やはりここが落ち着く」とコロナ禍の店に通い続けた。常連に支えられ、コロナ明けも一人でカウンターに立った。店を守りたいという強い決意があったわけではない。無言で旅立った夫の面影が残る店で、自然と手を動かしていた。「一人でやれるところまでやっていこう」と、はっきり意識したのは、不慮の出来事から3年が経ってからだ。
 泰彦さんが担当していた炭火の串焼きは経験がないので外し、仕入れ先から定期的にくる素材を自分なりに工夫してメニューを整えた。砂肝やハツは唐揚げに、開業時から人気のあった白レバーはスライスで出す。つくねは就労支援施設から仕入れていたパクチーを練り込んで焼いた。ピータンを使った料理や、バター醤油で香ばしさを出す焼きおにぎりなど、創業時に泰彦さんが考案したオリジナルメニューが残るメニュー表には、ワンオペの工夫がこもる。

▲「シメサバガリポン」(上写真)と名物「肉巻きロール」(下写真)

■思い出の店で続けられるまで

 一風変わった名前の「シメサバガリポン」を注文すると、バーナーであぶられたしめさばにガリを絡めた品が出てきた。生魚が苦手という常連から「固めにあぶってよ」と注文されたのがはじまり。香ばしさと酸っぱさが不思議な食感を生み、ビールが進む。名物の「豚バラロール」は、肉の間にはさんだ味噌味の肉汁が口の中に広がった。〆に頼んだ「ピータンとネギのからし焼きそば」は店主の沖縄料理店時代の経験がつまった逸品。腰の強い沖縄そばに、刻んだピータンとネギが絶妙にからまる。生ものから焼き物と移り、最後は〆で満腹に。「お金を落としてくれようとする人がボトルを入れて4000円くらい。年齢を問わず独身男性も多いので、ちゃんと食べられるようにしています」と、50歳を超えてもあどけなさが残る康恵さんは話す。
 中野区育ちで友人に連れられていった沖縄料理店で泰彦さんと出会い、ともに飲食店で働きながら「中央線沿いで焼き鳥店を」という目標を実現し、音楽とアイドル好きを集めた。夫婦と常連の少し遅い青春がつまった店にしがみつくつもりはなかったが、自分自身が落ち着く場所はほかにない。自宅に大量にあったレコードなど泰彦さんのコレクションも整理したが捨てられないでいる。昭和の香りが残る店内もいじる気にはならず、開店から20年を超えても、大きな変化はない。「経営はできないけど、動いているのが好きだから、やれるところまでやっていきたい。いまはホットヨガに精を出し、静岡のアイドルを追いかけています」
 店内には、音楽好きやアイドル好きに親しまれた泰彦さんの写真が飾られ、いまでも古くからの常連や、アイドル好きが手を合わせてから杯を上げる。時が止まったような店の赤提灯は、提灯の老舗で特注した初代に変わり、10周年に常連の篤志で新調した2代目。深夜1時まで高円寺の辺境を静かに照らしている。

▲「パクチーつくね」(上写真)と、沖縄そばを使った「ピータンとネギのからし焼きそば」(下写真)

◎店舗情報
店舗名:ボカン亭
住所:東京都中野区大和町1-65-5
電話:03-3336-0325
アクセス:JR中央線・総武線高円寺駅北口から徒歩8分
営業時間:18時~1時
定休日:不定休(下記Xでチェックを)
席数:7
喫煙可
SNS:https://x.com/kouenjibokantei(X)

※「りんごの花」に関する記事は以下より

コメント

この記事へのトラックバックはありません。

RELATED

PAGE TOP