変化のスピードが加速する今日、長年にわたって店を続けるのは簡単ではない。まして百年以上の老舗となれば、跡継ぎにも一苦労だ。長年の顧客が好む味を守りながら、時代の変化にどう対応していくのか。明治から続く蕎麦店『味遊心 中屋』の四代目主人に話を聞いた。
■移転とともに「個性」を打ち出す
明治23年(1890年)の創業というから、130年以上の歴史を持つ江戸前蕎麦の老舗が都内屈指の名園『新宿御苑』から徒歩数分の場所にある。創業時の「かえし」を注ぎ足して使うが、由緒ある屋号にあぐらをかいてはいない。「移転を契機に大転換を決めました」と四代目の大渕修司さんは言う。
現在の場所に移転開業したのは1996年だ。面していた新宿通りが2車線から3車線に拡張されることになり、奥まった場所への移転を余儀なくされた。路面に店を構えていた『中屋』時代はランチをメインにし、高回転率で収益を確保していたが、バブル崩壊とともに来店数と売上が低下していた。そこに移転話が持ち上がった。一見客を見込めない場所に移る以上、目指して来店してもらうための個性が必要になる。馴染み客が離れる懸念はあったが、夜の営業を軸にして、創作料理と酒を楽しんでもらえる店へと舵を切った。
■数字を記録して決めるランチメニュー
店名には味遊心という文言を加えた。さっと蕎麦を食べるだけでなく優雅な雰囲気で食を楽しんでほしいという思いを込めた。大谷石の床や樹齢二百年の木材で作った大テーブルにアンティークのレンガを配した壁と内装を変えた。座席も間をあけて落ち着いた空間を作った。食事を楽しんだ後の締めに食べられる蕎麦で「ちょっとしたお得感」を生み出そうという狙いだ。
それから30年近くが経つが、客層の変化に応じてポテトコロッケや世界のチーズ和風包み揚げなど、新メニューを取り入れて飽きのこない工夫を絶やさない。売り上げたランチのメニューを統計的に記録し、客の好みや移り変わりを逃さないようにして毎月のランチを決める。蕎麦は少し割高と言うアルバイトの声を聞くと、若い世代が蕎麦を口にする機会を増やす方法はないかと頭をひねる。
■「切れのある蕎麦」を追い求めて
大学卒業とともに入店し、店の三代目にあたる父親の手ほどきを受けてからは試行錯誤だった。30代になって一通りの技術を身につけたと思った頃、オリジナリティーを出そうとした。ちょっと荒い粒子の蕎麦粉をまぜることで独自の食感が生まれる「切れのある蕎麦」を追求したが、ブツブツ切れると苦言する客に頭を下げたこともある。それだけに、絶妙のバランスをとるためにいまでも神経をとがらせる。
手間をかけてでも、手打ちの「十一蕎麦」を夜限定で提供しているのは、切れをより味わえるからだ。殻つきの蕎麦の実の輸入価格はこの25年で約3.25倍にはね上がった。中屋が使う国内産の蕎麦の実は輸入物の2倍ほど。「厳選素材の特製せいろ」の1050円、「せいろ」の850円という価格設定は正直、ぎりぎりだ。それでも「値段を考慮しつつ、最高の素材を仕入れる」と話す。店の見栄えやメニュー揃えは変わっても、肝心の蕎麦に関して妥協はしたくないからだ。
理系の大学に通う長男がいて、「長く続く家業を継ぐのだろう」と、友人に言われると話す。周囲に言われることでいつの間にか「その気になった」自分を思い出すが、もちろん強制はしない。それでももし後継者になったとしても長く勝負できるような店を残したいと思う。一世紀以上の伝統を守りながらの挑戦は続く。
◎店舗情報
住所:東京都新宿区四谷4-13
アクセス:東京メトロ丸ノ内線の四谷三丁目駅より徒歩5分、東京メトロ丸ノ内線の新宿御苑前駅より徒歩8分
営業時間:ランチ/月~金 1130~1400(ラストオーダーは1345)、ディナー/月~土 1700~2200(ラストオーダーは2100)※諸々の状況により早く閉める場合がある
定休日:日曜日&祝日
座席数:49席(店内禁煙。掘りごたつ席、カウンター席、個室、テーブル個室あり(1室4名/扉・壁あり)
※「老舗たん焼店」に関する記事は以下より
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