ジブリ作品のような幻想的な風景の中から、鮮やかなガラス皿に乗った本格的なハンバーガー、ホットドッグが出てくる。コロナで直面した危機を乗り越えて観光客をつかんだカフェ成り立ちの裏側。
■名瀑の手前にあるギャラリー&カフェ
仙台の奥座敷ともいわれる名湯・秋保(あきう)温泉の玄関口から山形県に向かう街道を進んで10数キロ。名瀑・秋保大滝まで数百メートルという山あいに、白い洋風の建物はある。ガラス工芸家の鍋田尚男さんが主宰する『ガラス工房尚』と、夫人の久美子さんとともに開く『Cafe de シーダーギャラリー』だ。店の入口に向かう勾配を上がると、野鳥の声が耳に響き、鹿や猿の気配が漂う。「最初にこの土地に来た時の幻想的な風景は忘れられません。もっともコロナの頃は人影がなくて動物しかいませんでしたが」と鍋田さんが笑う。
武蔵野美術大を出て母校で講師をしながらガラス工芸に打ち込み、出身の仙台市でも個展を開くなど、造形家として知られる存在になっていた鍋田さんが、土地を買い上げて工房を作ったのは25年前のこと。工房で作った作品を鑑賞しながら、ゆっくりとお茶ができる。20年近く、固定客と温泉や大滝を訪れる人々の憩いの場になっていたギャラリーが壁に当たったのは、2020年に端を発したコロナ禍だ。

■アーティストのこだわり振り払う
その9年前の東日本大震災時にもギャラリーの周囲からは観光客が消えたが、首都圏のデパートなどでの個展の売上があり、来訪者減をカバーしてぎりぎりの状態でしのいだ。が、コロナ禍はこたえた。ギャラリーにはひと気がなく、東京や横浜のデパート、ギャラリーなど作品を出す場がない。将来が見えずギャラリーを閉めるしかないと思うほどの日々で、自分の作品への懐疑などアーティストならではの悩みにも落ち込んだ。
そんなときに力になったのが、作品や店をひいきにしてくれてきた顧客たちの助言だった。県内を中心に、飲食などで成功した知り合いが開店休業状態の店に来ては、時に耳に痛いアドバイスをくれた。たとえば、「トイレが汚れているよ」。使っていないのだから、そんなはずはない。そう思いきや、誰も使わないからこその汚れがあると知った。「コロナが収まったら、どうするつもりなの?」とも問われた。
時間だけはある。それまで目を向けなかった物を見つめるようにした。端材を利用した新しい素材で作った作品が評価を受けた。夫婦で話し合い、知り合いの助言を咀嚼するうちに、着想の仕方が変わった。現実を見つめ、常に工夫を続けるという「商売」の基礎を、ピンチが教えてくれたのだ。
ギャラリー主体へのこだわりを振り払い、カフェを軸にした店作りに踏み出した。新潟県出身の久美子さんの実家はステーキハウスなども経営する畜産家。実家で生み出される上質のブランド牛を使ったハンバーガーとソーセージを使ったホットドッグがメニューに浮上した。バンズ(パン)は仙台市内の店のシェフが肉に負けないしっかりとしたものを生み出すレシピを考案。知り合いのデザイナーに依頼してギャラリーを改造し、2022年6月にリニューアルオープンした。
コロナ明けの揺り戻しもあり、SNSを中心に味と「映え」の評判が広がった。カフェに中心を譲ったギャラリーにも固定客が戻り、活気を取り戻す。「何万円もするガラス皿にカジュアルフードを乗せるという発想はなかった。そのミスマッチを生み出してくれたのは、コロナによる苦境でした」と久美子さん。そうした発想の転換はもう一つの副産物を生んだ。

■体験教室でもう一つの軸が
誰もがガラス工芸を体験できる「ガラス体験教室」だ。コースは銘々皿、掛け花入、箸置き、アクセサリーの4つ。自分の手で16色ある長短のガラス片を組み合わせて「世界で一つだけの作品」を作る過程を、実際に体験してみた。取材で訪れたお笑い芸人サンドウィッチマンの作品など、何十と飾られたデザイン例を見ながら、悩みに悩む。考え抜いて1時間、並べたガラス片を自らの手で磨き、接着剤をつけて実際に窯に入れるガラス板に貼りつけていく。完成まで1カ月、作品は自宅に届くという。鍋田さんは話す。「作家のプライドでしょうか。気軽に創作を味わいたいというお客さんの気持ちに気づけなかったのが、コロナ前の私たちでした。いまではカフェと体験教室の収入の2つが固定収入なり、そこに作品の売上が加わるという経営のベースができました」
苦心して仕上げた自作をあずけた後、売り物の『秋保ハンバーガー』にありついた。大き目のガラス皿にガラスと木製のピックに刺されたハンバーガーがそそり立ち、敷かれたレタスに乗ったマッシュポテト、キュウリのピクルスが添えられた様は、それ自体がアートのよう。が、気取ってはいない。パティとトマト、レタスをはさんだバンズにかぶりつけば、新鮮野菜の歯ごたえに続いてジューシーな肉汁が口の中に広がる。野菜はシーズンによってすべて地元産になるという。
美味しいハンバーガーを求めるだけならば、なにも山道を縫って奥里まで上る必要はない。が、温泉地の奥にある空間には、コロナからの生還を経た創作家ペアが紆余曲折の末にたどり着いた深い味があった。足を伸ばす人が多いのもうなずける。世界に一つの作品が届くのが楽しみだ。

◎店舗情報
店舗名:Cafe de シーダーギャラリー/ガラス工房 尚
住所:宮城県仙台市太白区秋保町馬場字丸山12-1
電話:022-399-5728
アクセス:仙台市内より車で約40分、バス停「丸山」下車すぐ
営業時間:10時~16時(夏場は17時まで)
定休日:火曜
席数:28(カウンター、テーブル)
HP:https://glassho.jp
※「四ツ谷のたん焼の名店」に関する記事は以下より
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